仲宗根美樹2度の結婚と借金、子供の名前や代表曲、紅白出演は

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仲宗根美樹(本名:國場 勝子)さんは、沖縄出身の両親のもと1944年に東京で生まれ、現在72歳。1960年に日本テレビの『東京物語』に出演し、主題歌「愛に生きる」で歌手デビュー。そして、翌1961年には「川は流れる」が大ヒットして、同年12月には第3回日本レコード大賞新人奨励賞を受賞しました。

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【27歳で歯科医師と結婚して歌手を引退】

仲宗根美樹さんは、1971年に歯科医師の男性と結婚して芸能界を引退、27歳の時でした。そして1972年には長男の一成さんを出産したものの離婚。そして、同年には二人目の夫となった白橋栄治氏と結婚しました。

う~ん、長男を出産した年に離婚するなんて、いま流行の不倫だったのかな?と思いますが、これは当事者のみが知る背景でしょう。新たな伴侶を得て、順調な人生を迎えるだったはずなのに、夫である白橋栄治氏は沖縄国際海洋博覧会に合わせた事業に失敗して多額の借金を背負うことに!苦労の中で、1977年には次男の雄大を出産し、続いて1978年には長女の亜紀さんを出産しました。

しかし、1981年にはミキ・コーポレーションがが不渡り手形を出して倒産。負債総額は6億5千万円におよんだこともあり、自己破産。2人目の夫とも離婚に至りました。苦難の中、1998年には25年ぶりに歌手へ復帰し、再び芸能界での活動を開始しました。

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【長男の一成氏をガンで失う】


芸能界での再活動を始めて約10年。ようやく先が見えてきた時、またも悲しみが仲宗根美樹さんを襲います。2008年、長男一成氏がガンで逝去。まだ35歳の若さでした。
我が子を先に見送ることは逆縁と言って、好ましいことではありません。また、幾多の試練や別離、多額の借金など人生の厳しい洗礼を受けてきた仲宗根美樹さん。まさに波乱万丈の人生でしたが、本人は70歳を越えてもますます意気軒昂。現在は、東京銀座で「クラブ美樹」を経営し、訪れる客に癒しの時間を提供していると言われています。

【仲宗根美樹さんの代表曲・紅白歌合戦出場履歴】


◎川は流れる(1961年) この曲は2002年にサザンオールスターズの原由子がアルバム「東京タムレ」でカバーして話題となった
◎奄美恋しや(1963年)
◎ドリーム ファイブ(1964年) ヒット賞受賞、タイアップ付の為に当時紅白では歌えず
◎恋しくて(1967年)

1962年第13回NHK紅白歌合戦 「川は流れる」
1963年第14回NHK紅白歌合戦 「奄美恋しや」
1964年第15回NHK紅白歌合戦 「午前0時のブルース」
1965年第16回NHK紅白歌合戦 「海と野菊と船頭さん」
1967年第18回NHK紅白歌合戦 「恋しくて」

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