脊柱管狭窄症術後の入院生活

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2年と少し前の2014年11月6日に脊柱管狭窄症の手術を受けました。ケアとリハビリで当初は約3週間の入院予定でした。

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手術後3日目くらいには歩行器で少し動けるようになり、腰の痛みも解消。このまま行けば11月には退院できるかも…と思っていましたが、抜糸後は手術跡に髄液が溜まるというアクシデントがあり、早期入院はお預け状態になってしまいました(涙)。

患部を圧迫して、髄液が溜まらないようにするために、リハビリの時間以外はひたすらベッドで仰向けになっているのが日課になっていました。痛みもほとんどなく歩けるので院外散歩をお願いしてみたところ、「何かあったらいけない」ということで、却下。ひたすら病室で患部を圧迫するのみでした。

ほとんどベッドで過ごすしかないこともあり、夜になっても眠られずにストレスは溜まるばかり。そんな私にとってリラックスできたのが、隣室の女性やリハビリをサポートしてくれた男性の理学療法士と話すことでした。

隣室の女性は自転車に乗っていて転倒し、腕を複雑骨折して救急車で運ばれてきた人でした。全治約3ヵ月ということで、救急車で運ばれてきたときには腕の骨が皮膚を破って出ていたそうです。病棟の廊下ですれ違うようになり、なんとなく話を交わすようになっていた際にも痛々しく腕を吊っていました。

一方、作業療法士の兄ちゃんは顔つきどおりに気の優しい性格で、長引く入院生活にイラっとしている私を穏やかな気分にさせてくれたものです。

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「3食昼寝付きの入院生活は楽でいいね~」と見舞いに来てくれた友人がうらやましそうに言ったけど、それは3~4日が限界です。外へ一歩も出られず、まるで拘束されているかのような毎日は、私にとっては耐えるだけの日々でした。

そして、12月の初旬、心の中でプチンという音を聞いた私は、回診へ来てくれた主治医へ言いました。
「先生、もう、限界です!患部の髄液圧迫は、自宅でもやりますので、とにかく退院させてください」

「検討します」と言い残して去った主治医は、私の眼に妖しい光りを見たのか、その翌日に「3日後の金曜日に退院を許可します」という返事をもらうことができました。

しかし、入院期間中は朝6時に起床。洗顔と歯磨きの後は、看護師さんの巡回を待って検温。8時の朝食まですることがないので、仕方なく院内散歩。食後は、読書をしてリハビリ開始の時間を待つだけ。

リハビリ後は病室へ戻り、読書や院内散歩、朝寝など。昼食後は昼寝や売店での立ち読み、面会室でテレビを観て過ごすだけでした。

午後6時夕食。その後、看護師さんの巡回を受けると、もうすることがありません。面会室で面白くもないテレビを8時まで観て、ベッドへ。午後9時消灯、入眠剤を飲んでも眠られず、ほとんど毎日午前1時くらいまでじっとしていたものです。

こんな日々を1ヵ月以上に渡って過ごしました。心身のケアに尽力してくれる看護師と、3食の食事と身の回りの世話をしてくれる看護助士さんがいてくれる入院生活はある意味で快適ですし、安心できます。しかし、入院生活が長くなればなるほど、「自分でできることは自分でしなければ・・・」という気持ちは薄れてくるという危機感を覚えました。

人は、多少の負可はあっても自分でできることはした方が自分のためになる。それが、脊柱管狭窄症で入院した実感ですね。

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プロフィール

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